黒田書房

不定期で小説を投稿していきます。少しでも楽しんでもらえれば何よりです。

話せないおしゃべりと無口なおしゃべりー1

 人と話すことが大好きだった。どんなに他愛のないことでも、話をしているだけで楽しかった。

「それで坂本さんがね――」

 クラスの友達の美沙と、いつもどおりの会話。少し前から不便になったけど、私も美沙も、もう慣れていた。

 話の区切りがついたところで、美沙が少しと言うには長すぎるほどの間を開けてくれる。私はあまり美沙を待たせないように言葉を紡ぐ。綴る、と言った方が正しいけど。

『坂本さんらしいね』

 クロッキー帳に書き出された言葉と表情で、私がどんなニュアンスで書いているかは、ある程度は理解してくれる。それでもいまだに、私はしっくりきていない。私が言いたいことを書くたびに、待たせてしまう。そのことへの罪悪感のような感情があるのもそうだけど、会話の流れとでも言えばいいのか? それが止まってしまうことが私は嫌いだった。

「だよねー」

 それでも、こうやって、いつものようにとはいかないものの、美沙と話ができているだけで、それなりには満足してる。

 

 

「優香、ママが自殺したそうだ」

 パパとママが離婚して、一週間も経ってないある日。パパからそんなことを告げられた。

「え……」

 私のママは私が生まれてしばらくしてから、感情が不安定になったらしい。私としては、物心付いた頃から感情にムラのある人だったから、不安定になったと言われてもピンとこない。だから、らしい。

 ママは嫌なことがあると、人や物によく当たっていた。もちろん、私やパパも例外じゃなかった。そんなママと一緒だと私が危ないと判断したパパが、ママと離婚をした。当然のように私はパパと二人で暮らすことになった。とは言っても、パパは私にどっちと暮らしたいか、という質問をしてきた。私はパパと暮らすと答えた。

 そしてママの自殺。きっと、私のせいなんだ。ママは離婚の話が出てから、そして離婚してからも私と暮らしたいと言い続けていた。それを知っててなお、私はパパとの生活を選んだ。

 別にママが嫌いとか怖いとか、そんな理由じゃない。むしろ、ママのことは好きだ。ただ、ママよりも、パパの方が好きだった。それだけの話。

 だからこそママの自殺を聞いたとき、全部私のせいなんだと、私があの時パパと暮らすと言ったせいでママがこんなことになってしまったんだ、そうやって自分を責めた。

ママと暮らすって言えばよかった。

あんなこと言わなきゃよかった。

 そんなことが頭の中をグルグルと回って、気が付いたときには、私の喉は、声の出し方を忘れていた。

思い出百景―あとがき

完結しました。

思い出百景は今年の初夏あたりに書いた作品のリメイクというか、完全版みたいなものになっています。

思い出百景のプロトタイプにあたるものがどこで公開されたかは、あえてお話しません。

 

 

さて、あとがきということで、思い出百景や小説を書くにあたっての裏話を少々。

僕は基本小説を書くときにプロットというものを作ったことがありません。

ふと頭によぎった設定や、話の大まかな流れをそのまま書き起こしているので、途中何度も方向転換しています。きっと小説を好んで読んでいる方は、僕の拙い文章では飽きてしまうと思いますが、今回のように低速ではありますが、少しずつ進んでは行きますので、お付き合いいただけたら幸いです。

 

思い出百景について話すことといえば、登場人物の名前でしょうか。

お気づきの方がいるかもわかりませんが、主人公の駿以外の名前のついているキャラクターたちは、とある漫画のキャラクターの名前を使っています。

性格などに影響を与えたつもりはありませんが、もしかしたら大きく影響を受けているかもしれませんので、そんな粗探しもまた楽しみの一つだと思ってください。

 

先ほど書いたように、僕が作る話はほとんどが思いつきです。

なので、メッセージ性や、こういうことを伝えたいから書いたという作者側の意図は特別ありませんので悪しからず。

 

 

次回作品の予定ですが、個人的にいつか群像劇を書いてみたいと思っていますので、それに向けての第一歩となるような作風に挑戦していこうと思います。

とあるふたりの男女のお話です。

一本目に女の子視点、二本目に男の子視点といった、二本で一つのお話を書く予定です。更新頻度は今回のように、ある程度書けたら小出しにしていきます。

 

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少々長くなってしまいましたがお付き合いあっりがとうございました。

それではまた。

思い出百景―7(完結)

「駿ちゃん、一緒に帰ろう」

 卒業式が終わった後、クラスで最後の時間。各々が名残惜しそうに帰りだした頃、亮子と香介が僕のもとにやってきた。

なんで来たんだよ。一人で帰ろうと思っていたのに。そんなことが真っ先に頭をよぎった。この頃の僕は、二人に極力関わらないようにしていた。今までのように関わっていると、僕が僕でなくなるような、そんな気がして仕方がなかった。

「二人で帰ればいいじゃないか」

 気づいたときにはそんな言葉が口から出ていた。しまったと思った頃には遅く、悲しそうな亮子の顔が僕の目の前にあった。

「駿、お前」

 香介に声をかけられてから、何も考えず走り出していた。後ろで香介が何か言っていたが、そんなこと耳に入ってくる訳もなかった。

 

 追ってきているかも分からないのに、ただひたすらに走り続けた僕は、公園まで来ていた。子供の頃によく遊び、亮子に告白し、振られた公園。だいぶ長い距離を走っていたことを知った僕は、喉の渇きと疲れを自覚した。

 公園の水を飲むのはいつ以来だろうか。そんなことを考えながら、喉の渇きと疲れを癒していた。休憩のためベンチに腰掛ける。なんとなく砂場へと目をやると、子供達が遊んでいた。ちょうど昔の僕らみたいに。あの子供達を見ていたくなくて、僕は早めに公園を後にすることにした。

 公園を出てすぐ、僕の肩が叩かれる。振り向くとそこには香介が一人で立っていた。

「待ってくれ駿」

 またすぐに逃げようとする僕の肩を、香介は強く掴んで離してはくれなかった。なんで逃げるんだ。香介の目が、僕にそう問いかけるように。

「離してくれ」

 香介がそれで離してくれるなんて思っていなかったけれど、先に何か言われてしまったら、僕はさっきよりもっと酷いことを言ってしまいそうで、そんなわかりきったことを言うだけで精一杯だった。

「離す訳ないだろ」

 香介の顔は悲しそうだった。怒ってくれたっていいのに。いや、僕はいっそのことここで、思いっきり怒って欲しかったのかもしれない。

「なあ、駿。俺と亮子のことで何か思う所があるんだろう? 聞かせてくれよ」

 この言葉を聞いたとき、僕の中で何かが切れた。香介の口からその言葉を聞くことになるなんて。お前が一番分かっているんじゃなかったのか。分かっていても尚、今まで僕に散々声をかけていたんじゃなかったのか。

「お前らのせいだろう‼」

 もうどうなったって構わなかった。これで僕たちの関係が壊れてしまったって、どうでもよかった。

「香介は知っていたんだろ。僕が涼子をどう思っていたか。その結果どうなったのか。僕が居たかった場所には今、香介が、お前が居るんだ」

 僕の中に溜まっていたものを全て吐き出す。香介がどんな顔をしているかなんて、気にもならなかった。

「それを分かってて、それでも僕に一緒に居ろだって? 無理に決まってるじゃないか。見せつけたかったのか? バカにしたかったのか? 僕にどうしろっていうんだ」

 言ってしまった。その後も何か僕は言い続けていた。自分が何を、どんな風に香介にぶつけているのかすら、分からなくなっていた。

 頬に痛みを感じ、まともに目の前を見る。殴られたと気づいたときには、真っ直ぐとこちらを見つめ、涙を流している香介が、目の前にいた。

 互いに固まったまま動かずにいた。先に動き出した僕は、その場から走り去って家へと向かった。公園を出るときに視界に入ったのは、まだ僕のことを真っ直ぐ見つめる香介と、いつの間にか子供達がいなくなっていた砂場だった。

 

 長い坂も半分ぐらいまで登り、後ろを振り返ってみる。僕たちが住んでいた街とその周りの街までも見渡せてしまう。きっと頂上はもっといい景色が広がっているだろう。

 卒業式の後、香介から逃げるように帰った僕は、予定より数日早かったが、この街を出た。大学に入ってからも、香介と亮子からは、よく手紙が来た。よくといっても、暑中見舞いや年賀状だけだったのだが。

 そしてある日、僕の元に届いたのは結婚式の招待状だった。新郎新婦は香介と亮子。最初僕は行く気はなかったのだが、母さんからもちろん行くわよねと、メールを貰ってしまい行かざるを得ないことになった。正月とかも帰ってなかったため、こういう時ぐらいはと断りづらい言い方をされてしまった。

 教会からは大きな拍手が聞こえてくる。式も終盤に差し掛かり、教会の外へと出てきたようだ。

僕は最初から出席することはせず、二人の顔を見る程度にするつもりだった。非常識だと言われようが、僕はあの二人に素直に顔を見せられる気はしなかったのだ。

僕が坂を登りきったとき、ブーケトスがちょうど行われていた。真っ先に僕の目はふわりと舞うブーケへと向かう。自然と誰かの手に渡るまで、その場で立ち尽くして見守ってしまった。

見事幸せのバトンタッチを受け取った幸運な女性は、高校の時の同級生だった。もう一度大きな拍手が聞こえてくる。思わず僕も、卒業以来の旧友に拍手を送る。

 今日の主役であるはずの二人よりも、一時的とは言え、その場にいた全員の視線を集めた彼女は、ふと我に返り恥ずかしそうにしている。

 その場にいた全員とは誰ひとりとして例外もなく、教会に向かって立っている僕が、教会を背にしている本来の主役の二人に見つかることなんて時間の問題で、驚いた顔と、嬉しそうな声で僕に向かって手を振る。

 僕はあまり目立つのは好きじゃないんだけどな。そんなことを考えながら、突発的に作り出された第三の主役は、諦めたように前へ進み出す。

 こんな僕を今でも笑顔で、当たり前のように迎え入れてくれる二人。今日がめでたい日だからだろうとか、そんな野暮なことは考えないでおこう。式の締めくくりなんてそっちのけで、僕との再会を純粋に喜んでくれた二人になんて声を掛けようか? そんなことを考える暇もなく、僕の口から出た言葉は、今までの謝罪とか、再会の喜びとか、そんな気持ちを全部ひっくるめて、たった一言。それだけで十分な気がした。

 

 

 

 元気そうじゃないか。

 

 

                                    完

思い出百景ー6

 僕が亮子に告白してから数日が経った。香介には、僕が振られたことは話している。振られたと、それだけしか話していない。亮子も香介のことが好きだとか、そういうことまでは話してはいけないと思った。僕の口から伝えることじゃない。というのは建前で、よりにもよって僕が香介にそんなことを言ってしまったら、僕はどんな気持でいればいいか分からなくなってしまいそうだったから。

 卒業もそう遠くないこの時期だし、僕が告白したからということもあってか、亮子が香介に告白するのは案外早かった。

「俺さ、亮子と付き合うことになったんだ」

 僕がその話を知ったのは、嬉しそうに、だけどどこか申し訳なさそうにしている香介から、直接聞いたから。

 よかったじゃないか。僕はそう答えるのが精一杯で、口ではなんと言おうと、実際には誤魔化せていないようで、香介が報告以上のことを僕に話さないようにしてくれていた。その気遣いが僕にとっては辛く、僕を苛立つかせていく。八つ当たりだっていうのは重々承知だ。それでも僕は、僕の気持ちを誤魔化しきれずにいた。

 二人は付き合いだした。でも、僕たち三人としての関係は変わらない。初めはみんなそう思っていた。学校に三人で行ったり、勉強の息抜きで遊んだり。むしろ、二人が付き合いだす前よりも、三人で集まることが増えた気がする。

 そんな日々が、僕を少しずつ、でも確実に良くない感情で満たしていく。

 不安定な関係のまま、僕たちは卒業式を迎えた。

思い出百景―5

「僕は亮子が好きなんだ」

 高校最後の冬休み、二人で話をしようと、香介を公園に呼び出した。香介は驚きながらも楽しそうに笑っている。

「何がそんなに可笑しいのさ?」

 ごめんごめんと言いながら、香介が俺も話があると言い出した。

「俺もさ、亮子が好きなんだ」

 僕の目を真っ直ぐと見て、はっきりと言う。二人共自然と口元が緩む。どちらからともなく声を上げて笑い、二人の笑い声だけが辺りに響く。

「まあ、最終的にどっちかが亮子と付き合えようが、どっちも振られようが恨みっこなしだ。選ぶのは亮子なんだしさ」

 香介らしい答えだった。当然といえば当然なのだが。

 その後は、不自然なくらい、他人から見たら不気味な程に僕たちはいつものようにくだらない話をしてから帰路に着く。また明日と、いつもどおりの明日が来ることが、当たり前のように。

 

 香介と今まで以上に仲良くなった思い出。それと同時に僕がこの町を出る前に、香介とまともに話した最後の思い出。香介には、悪いことをしたな。そう思いながら、長い坂を上り始めた。この長い坂を上ると、街の景色が一望できる教会がある。今日の目的地はそこだった。

 

大学受験も終わり、卒業式を数日後に控えたある日。僕と亮子は公園にいた。

 自由登校になり、大学もみんなほとんど決まったので、気分で学校に来るだけで、ちゃんと登校している人なんていなかった。その気分が偶然亮子と被り、久しぶりに一緒に帰ることにした。なんとなく寄った公園で座りながら他愛の世間話をしていた。

「そうなんだ。じゃあ俊ちゃんは遠くに行っちゃうんだね」

「そうなんだよ。もしかしたら、正月とかも帰って来ないかもしれないし」

 寂しくなるねと残念そうな顔もする亮子。

 本当に他愛のない会話。それでも、こんな時間がいつでも続けばいいと、本気で思っていたりもする。このくらいがちょうどいいのだ。会話が途切れる。

「亮子、ちょっと真面目な話していい?」

 いいよと亮子は僕の方を向く。自分で話しかけておいて驚いた。しかし、僕は自分を止めることはしなかった。

「僕はもう少ししたら、この街からいなくなるだろう? だからその前に言いたいことがあるんだ」

 ああ、そうか。あの時の雪姉もこんな気持ちだったのか。今更ながら、あの日の雪姉がどれほど頑張っていたのか知らされる。

 亮子は僕の言いたいことがわかっているかのように、、静かに次の言葉を待っている。そんな空気に耐えられなくなった僕は、早々に思いの丈を口にする。

「好きだ。僕は亮子のことが好きなんだ」

 その言葉だけでよかった、あまり、いろいろ言うと自分でも混乱しそうだったから。少し間を空けて亮子が話し出す。

「できれば聞きたくなかったな。こんな形で、言いたくないことまで言わなくちゃなるから」

 亮子は苦しそうな顔で話す。全部知っていたかのように。

 やっぱりそうなるのか。僕もそこから先のことは、なんとなく予想がついた。亮子が僕には言いたくなかったことを。どんな形で僕にその事実を伝えたかったか。

「私ね、こーすけのことが好きなの。だから……」

 これっきり亮子も黙ってしまった。きっとごめんなんて言いたくなかったが、他に言葉が見つからなかったのだろう。なんて冷静に考えてる自分に驚いて、言葉を選びながら僕も話し出す。

「そうか。香介か。あいつあんなだけど優しい奴だからな」

 それ以上は互いに言葉が出なくなり、ただでさえ静かな公園がこれ以上ないくらいに静まり返る。

 どちらからともなく帰ろうかということになり、公園から家までふたりの間に会話はなかった。

思い出百景―4

 亮子が告白されて数日、僕は雪姉に呼び出されて休日だというのに学校の校門前まで来ていた。僕が到着してから数週間後、雪姉がやってくる。

「おまたせ」

 少し息を切らした雪姉に今来たところだからというと、デートの待ち合わせみたいだねと笑い飛ばされた。

「デートって、今更そんなことしたところで、これといって珍しいこともなさそうだけどね」

「そうか、今更か。そうだよね」

 雪姉が何か言ったのだが、その言葉は聞き取ることができなかった。

「え? 雪姉、今なんか言った?」

「いや、なんでもないよ」

 慌てた様子の雪姉が、小さく深呼吸をする。少し気まずそうな雪姉を見ていたら、こっちまでどうすればいいか分からなくなってくる。今日呼び出された理由を聞き出そうと口を開きかけたら、雪姉が話し始めた。

「あ、あのね」

 声が少し震えている。こんなに自信のなさそうな雪姉は初めてだ。

「私さ、今年で卒業じゃない? まだ進路とか決めてないけど、もしかしたらこの街から出て行くかもしれなくて、だから、ね」

 そこで雪姉の口が止まる。今にも泣きそうな顔で、それでも何かを言いたそうで。いや、何かじゃない。さすがに僕でも、雪姉の言おうとしているうことは分かる。分かるから、僕は黙っていることにした。

「だから、ね。その前に伝えなくちゃって思ったの」

 どれくらい時間が経っているのだろうか。雪姉が覚悟を決めて話を再開する。

「私、駿が好き。駿がよければ私と付き合ってほしい」

 言い終えた雪姉はこれでもかという程に顔が真っ赤で、見ているこっちもすごく恥ずかしくなる。

「ありがとう。雪姉にそう言ってもらえるなんてすごく嬉しいよ」

 まずは思ったことを素直に口にする。雪姉は俯いていて、どんな表情なのかはっきりとは分からなかったが、聞いてくれてはいるようなので、僕はそのまま続ける。

「でも、ごめん。雪姉の気持ちには答えること出来ないや」

 雪姉の肩がピクリと動く。さっきよりも更に下を向いてしまった雪姉は、触れば壊れてしまいそうな程に小さく、震えていた。僕はそんな雪姉の状態を気にしないことにした。

「僕は亮子のことが好きなんだ」

 気にしていたら、僕までこれ以上喋られなくなりそうで。雪姉以上に逃げ出したくなってしまいそうだったから。人の思いを真正面から断ち切るのは、こちら側としてもすごく辛いことだった。それが親しい人なら尚更で。

「やっぱりか」

 これ以上なんて言えばいいか迷っていると、雪姉が声を発した。

「うん、知ってたよ。分かってたんだ。それでも言わなきゃって思ったんだ。私がこれ以上亮子ちゃんに汚いことを思う前に。決着つけなきゃって」

 明るく振舞ってはいるが、泣くのを我慢していることがまる分かりだった。

「ちゃんと答えてくれてありがとう。これで私もスッキリ卒業できるよ」

 少しずつではあるが、いつもの雪姉に戻ってきた。それでもやっぱりどこか危うい雰囲気ではあった。

「卒業ったってあと半年以上もあるじゃないか」

 僕もいつも通りの受け答えで、雪姉と話す。そうでもしないと、僕までどうにかなりそうな気がしたから。

 そうだねと笑いながら、雪姉の目からは涙が零れていた。きっと本人は気が付いていないだろう。自然と堪えていたものが溢れていた。それから雪姉は一人で帰っていった。後日香介から、雪姉が目を真っ赤に腫らして帰ってきたという話を聞いた。

 

 母校を後にして、僕は目的地へと移動を始めた。そろそろいい頃合だろう。きっと今行けばちょうど二人にも会えるはずだ。最後に二人にあったのは卒業式以来か。でもなぜか、それよりもっと前から会っていないような気がする。きっと、いや、確実にそれは僕のせいなのだけど。

 今日は久しぶりに帰ってきて、いろんな人に再会できた。ほとんど変わっていないこの街と、街の人たちと。でもやっぱり、少し変わっている町並みは、僕の知らない場所になってしまったようで、寂しくもあった。

 小学校の頃によく遊んだ公園の前を通る。ここだけはもう一度見ることができてよかった。僕にとっては、この街を出る前の一番の思い出だったから。

思い出百景―3

「駿はこっち出てから何年くらい?」

「大学に入る時だから七年だね」

 管理人さんにした話を、今度は雪姉にもする。今日はきっと会う人全員にこの話をすることになるだろう。

「そうかー。七年も経ったのか、早いね」

 そりゃ私も結婚するかと楽しそうに笑う。

 雪姉が結婚したのは今から二年前。僕の家にも手紙は届いたのだが、その頃は会社に入って間もなく、忙しくて行けなかった。

「見たかったな、雪姉のウエディングドレス」

「写真は送ったんだからいいじゃん」

 式だのなんだので忙しかったのだろう、結婚式があった日の夜遅くにウエディングドレス姿の雪姉が香介と亮子と写っている写真が送られてきた。写真が送られてきたことにも驚いたが、そこに香介と亮子が写っていたことにはもっと驚いた。その後雪姉に聞いたのだが、「ももう気にしてないんだから、俊ももう忘れなよ」と冗談交じりに言われた。

「それにしても、駿はよく今日来たね」

 雪姉が様子をうかがうように聞いてくる。

「今日はさすがに有給とってきたよ。来ないわけにはいかないだろ」

「そうじゃなくて。駿、分かってて言ってるでしょ」

 さっきまでの表情とは打って変わって、僕を睨みつけてきた。

「大学行ってからは二人に会ってないんでしょ? 香介がすごい会いたがってたよ」

「気持ちの整理が出来てなかったんだよ。いや、まだ出来てないのかな。だから今日は来たんだよ」

 気持ちの整理をするために。

「でも、やっぱりちょっと怖いよね」

 誤魔化すように笑う。本当はどうしたいかなんて分かっているのに。

「私とこうして普通に話せてるんだし大丈夫でしょ?」

「雪姉が声かけてきたときはすごい頭真っ白だったけどね」

 自分でもはっきりと表情が引きつっていることが分かった。そんな僕に雪姉はどうにかなるでしょと、いつも通りの答えをくれた。

「それじゃ、僕はもう少しあちこち見て回るよ」

「うん、また後でね」

 

 ここだけは寄っておこうと、決めていた場所がある。実家から少し離れた所にある、僕らの母校。高校の三年間は長いような短いような。今となってもよく分からない。

「ここだよな」

 この高校にはささやかながら告白スポットがあった。別に伝説の桜の木とかそういうわけではないのだが、なぜか校門の前にある松の木が誰からともなく、告白の定番スポットになっていた。しかし、校門の前なので人目を避けたい人などは、当然のことながら、この場所を使うことはなかった。なんせ全校生徒の目に触れる場所だ。むしろ使う人の方がすごいと思う。

 当然僕も告白しているところを何度か見かけたことがある。その後その人達が付き合ったかどうかなんて、いちいち覚えてはいないが。

 

「あれ、亮子じゃないのか?」

 高校に入って最初の梅雨が明けた頃、いつものように香介と一緒に登校していたある日。校門の前の、松の木の下に立っている亮子を、香介が見つけた。声を掛けようとしたところに、僕のクラスメイトが亮子の元へ走ってきた。そんなことは気にせず、僕は声を掛けようとしたら、香介に止められてしまった。

「ちょっと様子を見ようぜ。面白いもんが見られそうだ」

 楽しそうに話す香介に言われ。亮子の立っている場所と、クラスの男の子に呼び出されたであろう意味を考えた。そうか、そういうことか。その事実に気がついたとき、僕は何とも言えない気分になった。

「おはよう駿ちゃん、香介」

 亮子が知らないうちに、僕らの目の前まで来ていた。そんなことにも気がつかない程に、僕の頭は真っ白になっていた。

「おはよう亮子。なんだなんだ告白でもされたか?」

 あいさつもそこそこに、香介が核心に迫った質問をぶつけていた。何故か、僕は自分の勘違いであってほしいと願っていた。

「う、うん。そうみたい」

 亮子から返ってきた答えは、僕の願いなんて簡単に吹き飛ばす、現実そのものだった。

「でも、断ったよ」

亮子本人は、そんな僕の心情を知る由もなく、困ったような、照れたような表情で話す。それを聞いた香介が、今まで以上に楽しそうな顔で盛り上がっている。

「お、好きな奴でもいるのか?」

 うん、そんなところかなと亮子は言う。

 いつものように二人と一緒にいるのに、僕は1人でいるような寂しさを感じた。そしてこの時、初めて僕は亮子への気持ちを自覚した。そうか、僕は亮子のことが好きなのか。

 いや、ずっと好きだったんだろうな。今となっては、いつからかなんて関係ない。今、ここにいる僕が、亮子のことが好きなんだ。それでいいじゃないか。

 

「松の木なくなったんですか?」

 高校に着いて真っ先に違和感を覚える。松の木がない。偶然近くを通った人に聞いてみたら、僕らが卒業した少し後に、枯葉の処理が大変だということで伐採されたらしい。切り株状態になった松の木に座り、卒業して以来の校舎を眺める。ここも変わってないんだな。この木はこの高校に通っている人にとって、忘れられないものとなっているだろう。ここで告白した人、された人は特にそうだろう。僕もそんな一人なのだから間違いないだろう。