黒田書房

不定期で小説を投稿していきます。少しでも楽しんでもらえれば何よりです。

思い出百景―3

「駿はこっち出てから何年くらい?」

「大学に入る時だから七年だね」

 管理人さんにした話を、今度は雪姉にもする。今日はきっと会う人全員にこの話をすることになるだろう。

「そうかー。七年も経ったのか、早いね」

 そりゃ私も結婚するかと楽しそうに笑う。

 雪姉が結婚したのは今から二年前。僕の家にも手紙は届いたのだが、その頃は会社に入って間もなく、忙しくて行けなかった。

「見たかったな、雪姉のウエディングドレス」

「写真は送ったんだからいいじゃん」

 式だのなんだので忙しかったのだろう、結婚式があった日の夜遅くにウエディングドレス姿の雪姉が香介と亮子と写っている写真が送られてきた。写真が送られてきたことにも驚いたが、そこに香介と亮子が写っていたことにはもっと驚いた。その後雪姉に聞いたのだが、「ももう気にしてないんだから、俊ももう忘れなよ」と冗談交じりに言われた。

「それにしても、駿はよく今日来たね」

 雪姉が様子をうかがうように聞いてくる。

「今日はさすがに有給とってきたよ。来ないわけにはいかないだろ」

「そうじゃなくて。駿、分かってて言ってるでしょ」

 さっきまでの表情とは打って変わって、僕を睨みつけてきた。

「大学行ってからは二人に会ってないんでしょ? 香介がすごい会いたがってたよ」

「気持ちの整理が出来てなかったんだよ。いや、まだ出来てないのかな。だから今日は来たんだよ」

 気持ちの整理をするために。

「でも、やっぱりちょっと怖いよね」

 誤魔化すように笑う。本当はどうしたいかなんて分かっているのに。

「私とこうして普通に話せてるんだし大丈夫でしょ?」

「雪姉が声かけてきたときはすごい頭真っ白だったけどね」

 自分でもはっきりと表情が引きつっていることが分かった。そんな僕に雪姉はどうにかなるでしょと、いつも通りの答えをくれた。

「それじゃ、僕はもう少しあちこち見て回るよ」

「うん、また後でね」

 

 ここだけは寄っておこうと、決めていた場所がある。実家から少し離れた所にある、僕らの母校。高校の三年間は長いような短いような。今となってもよく分からない。

「ここだよな」

 この高校にはささやかながら告白スポットがあった。別に伝説の桜の木とかそういうわけではないのだが、なぜか校門の前にある松の木が誰からともなく、告白の定番スポットになっていた。しかし、校門の前なので人目を避けたい人などは、当然のことながら、この場所を使うことはなかった。なんせ全校生徒の目に触れる場所だ。むしろ使う人の方がすごいと思う。

 当然僕も告白しているところを何度か見かけたことがある。その後その人達が付き合ったかどうかなんて、いちいち覚えてはいないが。

 

「あれ、亮子じゃないのか?」

 高校に入って最初の梅雨が明けた頃、いつものように香介と一緒に登校していたある日。校門の前の、松の木の下に立っている亮子を、香介が見つけた。声を掛けようとしたところに、僕のクラスメイトが亮子の元へ走ってきた。そんなことは気にせず、僕は声を掛けようとしたら、香介に止められてしまった。

「ちょっと様子を見ようぜ。面白いもんが見られそうだ」

 楽しそうに話す香介に言われ。亮子の立っている場所と、クラスの男の子に呼び出されたであろう意味を考えた。そうか、そういうことか。その事実に気がついたとき、僕は何とも言えない気分になった。

「おはよう駿ちゃん、香介」

 亮子が知らないうちに、僕らの目の前まで来ていた。そんなことにも気がつかない程に、僕の頭は真っ白になっていた。

「おはよう亮子。なんだなんだ告白でもされたか?」

 あいさつもそこそこに、香介が核心に迫った質問をぶつけていた。何故か、僕は自分の勘違いであってほしいと願っていた。

「う、うん。そうみたい」

 亮子から返ってきた答えは、僕の願いなんて簡単に吹き飛ばす、現実そのものだった。

「でも、断ったよ」

亮子本人は、そんな僕の心情を知る由もなく、困ったような、照れたような表情で話す。それを聞いた香介が、今まで以上に楽しそうな顔で盛り上がっている。

「お、好きな奴でもいるのか?」

 うん、そんなところかなと亮子は言う。

 いつものように二人と一緒にいるのに、僕は1人でいるような寂しさを感じた。そしてこの時、初めて僕は亮子への気持ちを自覚した。そうか、僕は亮子のことが好きなのか。

 いや、ずっと好きだったんだろうな。今となっては、いつからかなんて関係ない。今、ここにいる僕が、亮子のことが好きなんだ。それでいいじゃないか。

 

「松の木なくなったんですか?」

 高校に着いて真っ先に違和感を覚える。松の木がない。偶然近くを通った人に聞いてみたら、僕らが卒業した少し後に、枯葉の処理が大変だということで伐採されたらしい。切り株状態になった松の木に座り、卒業して以来の校舎を眺める。ここも変わってないんだな。この木はこの高校に通っている人にとって、忘れられないものとなっているだろう。ここで告白した人、された人は特にそうだろう。僕もそんな一人なのだから間違いないだろう。