黒田書房

不定期で小説を投稿していきます。少しでも楽しんでもらえれば何よりです。

思い出百景―4

 亮子が告白されて数日、僕は雪姉に呼び出されて休日だというのに学校の校門前まで来ていた。僕が到着してから数週間後、雪姉がやってくる。

「おまたせ」

 少し息を切らした雪姉に今来たところだからというと、デートの待ち合わせみたいだねと笑い飛ばされた。

「デートって、今更そんなことしたところで、これといって珍しいこともなさそうだけどね」

「そうか、今更か。そうだよね」

 雪姉が何か言ったのだが、その言葉は聞き取ることができなかった。

「え? 雪姉、今なんか言った?」

「いや、なんでもないよ」

 慌てた様子の雪姉が、小さく深呼吸をする。少し気まずそうな雪姉を見ていたら、こっちまでどうすればいいか分からなくなってくる。今日呼び出された理由を聞き出そうと口を開きかけたら、雪姉が話し始めた。

「あ、あのね」

 声が少し震えている。こんなに自信のなさそうな雪姉は初めてだ。

「私さ、今年で卒業じゃない? まだ進路とか決めてないけど、もしかしたらこの街から出て行くかもしれなくて、だから、ね」

 そこで雪姉の口が止まる。今にも泣きそうな顔で、それでも何かを言いたそうで。いや、何かじゃない。さすがに僕でも、雪姉の言おうとしているうことは分かる。分かるから、僕は黙っていることにした。

「だから、ね。その前に伝えなくちゃって思ったの」

 どれくらい時間が経っているのだろうか。雪姉が覚悟を決めて話を再開する。

「私、駿が好き。駿がよければ私と付き合ってほしい」

 言い終えた雪姉はこれでもかという程に顔が真っ赤で、見ているこっちもすごく恥ずかしくなる。

「ありがとう。雪姉にそう言ってもらえるなんてすごく嬉しいよ」

 まずは思ったことを素直に口にする。雪姉は俯いていて、どんな表情なのかはっきりとは分からなかったが、聞いてくれてはいるようなので、僕はそのまま続ける。

「でも、ごめん。雪姉の気持ちには答えること出来ないや」

 雪姉の肩がピクリと動く。さっきよりも更に下を向いてしまった雪姉は、触れば壊れてしまいそうな程に小さく、震えていた。僕はそんな雪姉の状態を気にしないことにした。

「僕は亮子のことが好きなんだ」

 気にしていたら、僕までこれ以上喋られなくなりそうで。雪姉以上に逃げ出したくなってしまいそうだったから。人の思いを真正面から断ち切るのは、こちら側としてもすごく辛いことだった。それが親しい人なら尚更で。

「やっぱりか」

 これ以上なんて言えばいいか迷っていると、雪姉が声を発した。

「うん、知ってたよ。分かってたんだ。それでも言わなきゃって思ったんだ。私がこれ以上亮子ちゃんに汚いことを思う前に。決着つけなきゃって」

 明るく振舞ってはいるが、泣くのを我慢していることがまる分かりだった。

「ちゃんと答えてくれてありがとう。これで私もスッキリ卒業できるよ」

 少しずつではあるが、いつもの雪姉に戻ってきた。それでもやっぱりどこか危うい雰囲気ではあった。

「卒業ったってあと半年以上もあるじゃないか」

 僕もいつも通りの受け答えで、雪姉と話す。そうでもしないと、僕までどうにかなりそうな気がしたから。

 そうだねと笑いながら、雪姉の目からは涙が零れていた。きっと本人は気が付いていないだろう。自然と堪えていたものが溢れていた。それから雪姉は一人で帰っていった。後日香介から、雪姉が目を真っ赤に腫らして帰ってきたという話を聞いた。

 

 母校を後にして、僕は目的地へと移動を始めた。そろそろいい頃合だろう。きっと今行けばちょうど二人にも会えるはずだ。最後に二人にあったのは卒業式以来か。でもなぜか、それよりもっと前から会っていないような気がする。きっと、いや、確実にそれは僕のせいなのだけど。

 今日は久しぶりに帰ってきて、いろんな人に再会できた。ほとんど変わっていないこの街と、街の人たちと。でもやっぱり、少し変わっている町並みは、僕の知らない場所になってしまったようで、寂しくもあった。

 小学校の頃によく遊んだ公園の前を通る。ここだけはもう一度見ることができてよかった。僕にとっては、この街を出る前の一番の思い出だったから。