黒田書房

不定期で小説を投稿していきます。少しでも楽しんでもらえれば何よりです。

思い出百景―5

「僕は亮子が好きなんだ」

 高校最後の冬休み、二人で話をしようと、香介を公園に呼び出した。香介は驚きながらも楽しそうに笑っている。

「何がそんなに可笑しいのさ?」

 ごめんごめんと言いながら、香介が俺も話があると言い出した。

「俺もさ、亮子が好きなんだ」

 僕の目を真っ直ぐと見て、はっきりと言う。二人共自然と口元が緩む。どちらからともなく声を上げて笑い、二人の笑い声だけが辺りに響く。

「まあ、最終的にどっちかが亮子と付き合えようが、どっちも振られようが恨みっこなしだ。選ぶのは亮子なんだしさ」

 香介らしい答えだった。当然といえば当然なのだが。

 その後は、不自然なくらい、他人から見たら不気味な程に僕たちはいつものようにくだらない話をしてから帰路に着く。また明日と、いつもどおりの明日が来ることが、当たり前のように。

 

 香介と今まで以上に仲良くなった思い出。それと同時に僕がこの町を出る前に、香介とまともに話した最後の思い出。香介には、悪いことをしたな。そう思いながら、長い坂を上り始めた。この長い坂を上ると、街の景色が一望できる教会がある。今日の目的地はそこだった。

 

大学受験も終わり、卒業式を数日後に控えたある日。僕と亮子は公園にいた。

 自由登校になり、大学もみんなほとんど決まったので、気分で学校に来るだけで、ちゃんと登校している人なんていなかった。その気分が偶然亮子と被り、久しぶりに一緒に帰ることにした。なんとなく寄った公園で座りながら他愛の世間話をしていた。

「そうなんだ。じゃあ俊ちゃんは遠くに行っちゃうんだね」

「そうなんだよ。もしかしたら、正月とかも帰って来ないかもしれないし」

 寂しくなるねと残念そうな顔もする亮子。

 本当に他愛のない会話。それでも、こんな時間がいつでも続けばいいと、本気で思っていたりもする。このくらいがちょうどいいのだ。会話が途切れる。

「亮子、ちょっと真面目な話していい?」

 いいよと亮子は僕の方を向く。自分で話しかけておいて驚いた。しかし、僕は自分を止めることはしなかった。

「僕はもう少ししたら、この街からいなくなるだろう? だからその前に言いたいことがあるんだ」

 ああ、そうか。あの時の雪姉もこんな気持ちだったのか。今更ながら、あの日の雪姉がどれほど頑張っていたのか知らされる。

 亮子は僕の言いたいことがわかっているかのように、、静かに次の言葉を待っている。そんな空気に耐えられなくなった僕は、早々に思いの丈を口にする。

「好きだ。僕は亮子のことが好きなんだ」

 その言葉だけでよかった、あまり、いろいろ言うと自分でも混乱しそうだったから。少し間を空けて亮子が話し出す。

「できれば聞きたくなかったな。こんな形で、言いたくないことまで言わなくちゃなるから」

 亮子は苦しそうな顔で話す。全部知っていたかのように。

 やっぱりそうなるのか。僕もそこから先のことは、なんとなく予想がついた。亮子が僕には言いたくなかったことを。どんな形で僕にその事実を伝えたかったか。

「私ね、こーすけのことが好きなの。だから……」

 これっきり亮子も黙ってしまった。きっとごめんなんて言いたくなかったが、他に言葉が見つからなかったのだろう。なんて冷静に考えてる自分に驚いて、言葉を選びながら僕も話し出す。

「そうか。香介か。あいつあんなだけど優しい奴だからな」

 それ以上は互いに言葉が出なくなり、ただでさえ静かな公園がこれ以上ないくらいに静まり返る。

 どちらからともなく帰ろうかということになり、公園から家までふたりの間に会話はなかった。