黒田書房

不定期で小説を投稿していきます。少しでも楽しんでもらえれば何よりです。

思い出百景―7(完結)

「駿ちゃん、一緒に帰ろう」

 卒業式が終わった後、クラスで最後の時間。各々が名残惜しそうに帰りだした頃、亮子と香介が僕のもとにやってきた。

なんで来たんだよ。一人で帰ろうと思っていたのに。そんなことが真っ先に頭をよぎった。この頃の僕は、二人に極力関わらないようにしていた。今までのように関わっていると、僕が僕でなくなるような、そんな気がして仕方がなかった。

「二人で帰ればいいじゃないか」

 気づいたときにはそんな言葉が口から出ていた。しまったと思った頃には遅く、悲しそうな亮子の顔が僕の目の前にあった。

「駿、お前」

 香介に声をかけられてから、何も考えず走り出していた。後ろで香介が何か言っていたが、そんなこと耳に入ってくる訳もなかった。

 

 追ってきているかも分からないのに、ただひたすらに走り続けた僕は、公園まで来ていた。子供の頃によく遊び、亮子に告白し、振られた公園。だいぶ長い距離を走っていたことを知った僕は、喉の渇きと疲れを自覚した。

 公園の水を飲むのはいつ以来だろうか。そんなことを考えながら、喉の渇きと疲れを癒していた。休憩のためベンチに腰掛ける。なんとなく砂場へと目をやると、子供達が遊んでいた。ちょうど昔の僕らみたいに。あの子供達を見ていたくなくて、僕は早めに公園を後にすることにした。

 公園を出てすぐ、僕の肩が叩かれる。振り向くとそこには香介が一人で立っていた。

「待ってくれ駿」

 またすぐに逃げようとする僕の肩を、香介は強く掴んで離してはくれなかった。なんで逃げるんだ。香介の目が、僕にそう問いかけるように。

「離してくれ」

 香介がそれで離してくれるなんて思っていなかったけれど、先に何か言われてしまったら、僕はさっきよりもっと酷いことを言ってしまいそうで、そんなわかりきったことを言うだけで精一杯だった。

「離す訳ないだろ」

 香介の顔は悲しそうだった。怒ってくれたっていいのに。いや、僕はいっそのことここで、思いっきり怒って欲しかったのかもしれない。

「なあ、駿。俺と亮子のことで何か思う所があるんだろう? 聞かせてくれよ」

 この言葉を聞いたとき、僕の中で何かが切れた。香介の口からその言葉を聞くことになるなんて。お前が一番分かっているんじゃなかったのか。分かっていても尚、今まで僕に散々声をかけていたんじゃなかったのか。

「お前らのせいだろう‼」

 もうどうなったって構わなかった。これで僕たちの関係が壊れてしまったって、どうでもよかった。

「香介は知っていたんだろ。僕が涼子をどう思っていたか。その結果どうなったのか。僕が居たかった場所には今、香介が、お前が居るんだ」

 僕の中に溜まっていたものを全て吐き出す。香介がどんな顔をしているかなんて、気にもならなかった。

「それを分かってて、それでも僕に一緒に居ろだって? 無理に決まってるじゃないか。見せつけたかったのか? バカにしたかったのか? 僕にどうしろっていうんだ」

 言ってしまった。その後も何か僕は言い続けていた。自分が何を、どんな風に香介にぶつけているのかすら、分からなくなっていた。

 頬に痛みを感じ、まともに目の前を見る。殴られたと気づいたときには、真っ直ぐとこちらを見つめ、涙を流している香介が、目の前にいた。

 互いに固まったまま動かずにいた。先に動き出した僕は、その場から走り去って家へと向かった。公園を出るときに視界に入ったのは、まだ僕のことを真っ直ぐ見つめる香介と、いつの間にか子供達がいなくなっていた砂場だった。

 

 長い坂も半分ぐらいまで登り、後ろを振り返ってみる。僕たちが住んでいた街とその周りの街までも見渡せてしまう。きっと頂上はもっといい景色が広がっているだろう。

 卒業式の後、香介から逃げるように帰った僕は、予定より数日早かったが、この街を出た。大学に入ってからも、香介と亮子からは、よく手紙が来た。よくといっても、暑中見舞いや年賀状だけだったのだが。

 そしてある日、僕の元に届いたのは結婚式の招待状だった。新郎新婦は香介と亮子。最初僕は行く気はなかったのだが、母さんからもちろん行くわよねと、メールを貰ってしまい行かざるを得ないことになった。正月とかも帰ってなかったため、こういう時ぐらいはと断りづらい言い方をされてしまった。

 教会からは大きな拍手が聞こえてくる。式も終盤に差し掛かり、教会の外へと出てきたようだ。

僕は最初から出席することはせず、二人の顔を見る程度にするつもりだった。非常識だと言われようが、僕はあの二人に素直に顔を見せられる気はしなかったのだ。

僕が坂を登りきったとき、ブーケトスがちょうど行われていた。真っ先に僕の目はふわりと舞うブーケへと向かう。自然と誰かの手に渡るまで、その場で立ち尽くして見守ってしまった。

見事幸せのバトンタッチを受け取った幸運な女性は、高校の時の同級生だった。もう一度大きな拍手が聞こえてくる。思わず僕も、卒業以来の旧友に拍手を送る。

 今日の主役であるはずの二人よりも、一時的とは言え、その場にいた全員の視線を集めた彼女は、ふと我に返り恥ずかしそうにしている。

 その場にいた全員とは誰ひとりとして例外もなく、教会に向かって立っている僕が、教会を背にしている本来の主役の二人に見つかることなんて時間の問題で、驚いた顔と、嬉しそうな声で僕に向かって手を振る。

 僕はあまり目立つのは好きじゃないんだけどな。そんなことを考えながら、突発的に作り出された第三の主役は、諦めたように前へ進み出す。

 こんな僕を今でも笑顔で、当たり前のように迎え入れてくれる二人。今日がめでたい日だからだろうとか、そんな野暮なことは考えないでおこう。式の締めくくりなんてそっちのけで、僕との再会を純粋に喜んでくれた二人になんて声を掛けようか? そんなことを考える暇もなく、僕の口から出た言葉は、今までの謝罪とか、再会の喜びとか、そんな気持ちを全部ひっくるめて、たった一言。それだけで十分な気がした。

 

 

 

 元気そうじゃないか。

 

 

                                    完